nachari’s blog

最近なみだもろい私の涙した話

モンストはTVCMの情報しかない私が「THE MOVIE ルシファー 絶望の夜明け」によって涙

 

あれは鬼滅でしょうか、何度目かの乗車のときから気になっていた予告がこれでした。

映画の前に流される予告は、わたしにとって本編を盛り上げるいわばブースター的なものでもあって、いってしまえば予告がすでにもう本編の序章というくらいにテンションがあがります。

話がそれましたが、オーイシマサヨシさんの「英雄の歌」

この映画の主題歌であるこの曲ですが、とにかくいい。

リズムもいい。迫力もあって、盛り上がりもあって、そしてなにより映像とのマッチ力。全くモンストに関する情報がない私でしたが、予告度にうるうるっとくるものがありました。

モンストについてはTVCMで「ああ携帯ゲームか」くらいの認識で、キャラクター名はもちろん、世界観すら知らないストーリーでした。

赤い小さな怪獣がきっとかなめでヒーローなのだろう、悪を倒して平和になって、一件落着、みんなハッピー!最高!みたいな話なのだろう、きっと。うんうん、いい話に決まってるし感動するにきまってるな。と感動屋さんで涙もろい私はそう思っていました。

しかし当時は鬼滅熱真っ只中。劇場での鑑賞は、見事タイミングを逃していました。

「救世主にならなくてもいい~」と口ぐさむほどでしたが、本編をみることなく…。

そしてこのたび、アマプラでまためぐりあうことができました。

まず、2時間以上の映画で若干ヒヨる私。

「あれ?こどもがみる映画では?」

「家事をしながら片手間でみきれるかしら?」

不要な心配でした。

見終わるころには、あたりにティッシュが散らばり、胸いっぱいの満足感、そして適度な疲労を感じながらしばらくソファから起き上がれない状態でした。

そして今、鑑賞から数時間も経たないうちに思いのたけをここへぶちまけている状況です。

 

~ここからネタバレあり~

オープニングから、どういうシチュエーションなのこれは。人間世界ってことなの?なんなの?なんて迷子状態でスタート。正直「前情報なしじゃあやっぱきついか」と思いながら、せめて洗濯物がたたみ終わるまでは…と横目でみていました。

仲間を信じるけなげでかわいい生き物だと想像していた、小さな怪獣のイメージはどしょっぱつから打ち砕かれ、なんだこの自己顕示欲の強さは。勝手に抱いていた愛らしさとは逆の感情が生まれました。そして再び「みきれるかしら?」と。

そのくだりからは1時間半程度、ほぼ終盤までぶっ通しで戦闘シーンだったような印象です。でも飽きるとかそういった感想は全くなく、むしろ引き込まれる。体感でいえば30分くらいでした。登場するキャラクターの背景や仲間との関係性も全くわかりませんが、おそらく以前にすさまじい脅威に立ち向かった戦友なのでしょう。お互いを思いやる気持ちや守りたいものも、その戦闘から伝わってくるものがありました。そんな思いにさせてくれたのは、構成ももちろん、なによりとにかく、絵が美しい。きれい。キャラクターの表情もさることながら、戦闘時の演出・効果がすばらしい。まずもうその時点で感動ポイントなんですわ。最近はやりの、心情や状況をキャラクターが説明するような描写もなく、時間経過もリアルで体感時間の短さはストーリーの流れのスムーズさがなしえているのではないかと思います。

なにも知らないものですから、主要キャラはどの子なのか、黒めのクールな方々は敵なのか、まずどれがルシファーなのかと冒頭から頭の中でクイズが繰り広げられていましたが、映像美を前にその思考はとうにとまっていましたね。それにルシファー自体の圧倒的美しさに「ああ、あなたね」と理解せざるを得ない状態でしたね。

オチをいってしまうと、あの戦闘は驚くべき逆転劇のために用意された贅沢で盛大な前振りだったな、とすら思います。

怪獣に対してはその全貌がみえるまで、ただのアホキャラなのかと半ばそういう設定として認識していました。ただルシファーの意図を目の当たりにした後から、その仲間たちがそうであったように、私自身も彼への見方が変わっていました。こわいですね、偏見をもってみていたってことですよ。知らない間に、そういうものとしてみていたってことです。彼はずっとただただ同じ思いで同じことを伝え続けていたのに。当事者でなくても容易く偏見を持つものなんだな、と思い反省しましたね。アーサーがそういうとおもってのあたりなんて思わず「うわぁ」って声が出ちゃいましたもんね。仲間が怪獣ちゃんへ希望を託していくシーンは心揺さぶられるものがありましたね。ルシファーにやられたはずのおそらく虫やらに関するイケメン伯爵が復活し参戦するシーン。技もキャラに合っていて、そのクールさにくぎ付けでした。しかし最後には3方向からの一斉攻撃。つらすぎ。心がぐっとしちゃって、私、彼のことすきだったんだなって思いましたね。あと空間をつなぐ△を閉ざさまいと緑の男の子が耐える描写は苦しくなりました。ツインテールの女の子と友達になったばかりなのにぃ!と悔しさもありました。あれかな、感情ないよ系の設定だったのかな。「ぼくなんか死んでも悲しむ人はいない」「そんなことないよ」のやりとりは言われつくされてるけど、やっぱりこういうのは弱いですね。思えば、現実世界でなかなか「友達になろう」なんていわないですよね。なんなら「鬼になろう」の方が口にしてるくらいですね。いつの間にか友達の作り方、忘れちゃったななんて思いました。自分のことを知ってもらう工程がもう億劫になるというかなんというか。お互いに距離感を理解しあえている関係が一番楽で、それ以上がもうないというか、できないというか。あ、話がそれましたが、そのあとの展開も胸熱でしたね。怪獣くんと天使ちゃん?が図書館みたいな空間で対話するところ。天使ちゃんの過去の描写が流れたあと、説得にのぞむ怪獣くん。ルシファーにもそう思うだろ的なこと言われたあと、ボロボロ泣き出す怪獣くん。そして私。「たしかにぃ~」って逆に説得されちゃう私。でもそれに対して「託された光を消しちゃだめだ!」ってね。自分が信じているうちは光は消えないんだと、仲間を信じるんだと、そういっていましたね。はい、号泣。冒頭の怪獣くんのイメージはそのままに、ただ全く逆のポジティブなものに変わっていましたね。ああこの子にしかこれはいえないし、この子だから信じられるんだなって。まぁここからはハッピーエンドへって感じでしたけど、もしかしたらルシファーも戻ってくるんじゃないかって淡い期待してましたね。お墓がお花でいっぱいだったのは、どれだけみんなに愛されていたかという気持ちも感じてジーンとしました。最後の演出はなんだったのか。次回作があるということでしょうかね。そのときもぜひ主題歌を覚えようと思います。

怪獣くんに関して思い返してみると、発言の中から「ルシファーが世界を壊すならもうとっくにしている」的なこともあって、ただのアホちんではないのかな。それともずば抜けた天然なのかということも思いましたね。それぞれのキャラクターが自分のなせることを尽くし一つの目的に向かっているのって熱くなりますよね。誰もが役割をもち、余すことなく、適材適所でっていうのは実際の社会であまりないことではないでしょうか。自分にはなにができるのか、なにが必要とされているのか。怪獣くんのようにだれかを信じることはできているのか。人生を生きていく中で、明日からまた違った関わり方ができるといいなと思います。

いい映画をみたぞ、という満足度のかなり高い作品でした。